学生海外体験事例


【2017年9月21日 12:00 PM更新】

(※管理人注記 体験事例は数多くありますが、年度が変わっても記事更新がなく、そのままになっておりましたので、タイトルを変更しました)

 

ルワンダ渡航記

 

こんにちは。WFM Youth-Forumの袴田です!大学生の皆様、そろそろ夏休みも終わりですね。第4回目の記事は私が先日行ったルワンダの体験記です!

なぜルワンダに行こうと思ったか

私は大学で政治を専攻しています。春学期にほんの少しの興味から、かつてアフリカで外交官をされていた先生の授業を受講しました。その先生は、自身の体験を交えながら、アフリカの魅力をたくさん語られていて、アフリカという地域に興味を抱きました。

しかし、女1人で飛び込む勇気もなく、渡航を諦めかけていた時、大学のサークルの先輩から誘っていただき、二つ返事で「行きます」と返事をさせていただきました。

アフリカって危ないところ?

日本人の多くは、”アフリカ=危ない”と想像するのではないでしょうか。確かに現在大統領選挙などによって治安が悪化している国もあります。しかし、私が行ったルワンダは、道に迷っている外国人を見つけたら、人がたくさん集まって来て教えてくれます。自分のなかにあった、“アフリカ“という地域でひとくくりに危ないというのは、あまりにも安直な考え方なのだなと感じました。

ホームステイで学んだこと

現地では3日間ホームステイをしました。私のホストファミリーは10人以上の大家族で、ほとんどの人が昼間働きに出ていました。テレビがあり、家も10部屋ほどあって、村の中ではかなり裕福な方であったようです。そんな広い家の家事をするのは、私と同じ20歳の女の子。2歳の娘がいて、とてもしっかりしています。彼女に言われるがまま家事のお手伝いをしましたが、食器は浸けおき洗い、掃除は雑巾がけ、料理は限られた食品の中でカマドを使ってつくる、など私たちの普段の家事以上に労力がかかり、この3つをやっただけで私はへとへとになってしまいました。自分がたくさんの便利な物に囲まれて生活していること(大学を含め)、自分の好きなことに時間を使えていることを改めて実感しました。

ルワンダの歴史

ルワンダには悲しい歴史があります。ご存知の方も多いと思いますが、約20年前に大量虐殺がありました。このことについては、ホストファミリーの前ではあまり話さないように言われました。固有名詞を出せば、いくら日本語で話していたとしても分かってしまうからです。

と言っても現在の親切な人が多く、とても想像していた“アフリカだとは思えない“ルワンダと虐殺の過去はとてもかけ離れているように思えていました。しかし、ホームステイ先の街を案内していただいているときに、「この下には、虐殺で殺された人の遺体が埋まっている」と言われたり(墓標もなく普通に歩いています)、虐殺記念館で建物何個分もの遺体を見学しました。これは必ず世界が伝えなければならない出来事だと思いました。元々1つの民族だったはずが支配した他国によって無理やり2つの民族に区別され、片方が片方を殺すようになった。殺す側も殺される側も未だ傷を負っています。私は行くまでほとんどこのことを知らなかったことを、恥ずかしく思いました。

皆様も是非調べてみてください。「ホテルルワンダ」という映画がおすすめです。

伝えたいこと

ルワンダに行った1人の日本人として伝えさせていただきたいのは、「アフリカ=危ない」という考えを是非捨てていただきたいということ。大陸1つを指して、「すべての国が同じように危ない」と決めつけ、行こうとしない・興味も持たないのは、あまりにももったいないです。不便なこともたくさんありましたが、私は行って良かったと思っています

以上、体験記でした!


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